『舟を編む × 辞書出版社11社タイアップ』最終回「チャレンジ小学国語辞典 」プレゼント企画に寄せ、Benesse様より寄稿を頂きました

舟を編む

タイトル:辞書引き学習はどのように普及してきたのか 

① いつごろからはじまったのか

私たち、ベネッセの辞典の編集者と営業担当は、中部大学の深谷圭助教授が開発した「辞書引き学習」(=辞書は1年生から活用可能、調べた言葉に付せんを付けて、辞書がどんどん付せんで膨らんでいく)ということに、
とても興味を持ち、2007年2月、当時の勤務校、立命館小学校に深谷先生を訪ねました。
その年は、深谷先生と一緒にこのメソッドの普及方法について、様々な試行錯誤を行いました。
そこで見つけた効果的な方法で普及を進めた結果、2008年の春から「辞書引き学習」が、マスメディアに何度も取り上げられ、また実際に付せんでいっぱいになった辞書そのものが、テレビで映し出されるなどして、認知が急速に広がりました。

この年に、ベネッセでは、「辞書引き学習」を商標登録しました。

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② どのように広がっていったのか、学校で、家庭で?

これまでの常識では、学習教材や学習方法は、学校の先生が子供たちに指導して広がっていくという考え方でしたので、
私どもも最初は学校の先生へのアプローチを考えました。ところが当時は先生方の認知がなかなか上がらず、
「これはちょっと難しいのではないか」という意見を多くいただきました。

原因は2つありました。ひとつは、「辞書引き学習」の方法や手順、付せんを貼る意味ををうまく伝えらなかったこと。
もうひとつは、「1年生から取り組みましょう」という提案が、当時は受け入れられないものだったことです。
教科書での扱いは3年生からであり、辞書は3年生から、というのが常識だったからです。

ちょうどこのころ、深谷先生からあるアドバイスをいただきました。
「このメソッドは、普及させるのは難しい」ということです。3年生で行う指導を、1年生で行うことについては、
相当ハードルが高い、とのことでした。また、これまでの経験から、「辞書引き学習」の認知は、
「子どもが取り組むことによって、それを見た保護者や学校の先生たち、つまり大人が驚き、一気に広がる」という仮説をお持ちでした。

そこで私たちは、2008年から、「深谷先生の辞書引き学習ワークショップ」を子どもが体験できる形にして、全国行脚が始まりました。
この時、各地の書店さんには「主催者」をしていただくなど、積極的にご協力をしていただきました。
書店さんは店頭の小学生向け辞典の売れ方が、以前とかなり違うことを実感し、「辞書引き学習」の有効性について
ご理解をいただいていたからだと思います。

また、店頭で子どもと保護者を集めて行う「辞書引き体験会」も、年間100か所程度の書店様で実施しました。

その結果、子どもたちの熱心な取り組みを見た保護者の口コミが広がり、2008年~2009年に大きなブームとなりました。

  1. 辞書引き学習の効果について、学力は上がるのか

子どもへの教育の分野で、特に教育方法・学習方法の有効性を定量的に示すことはなかなか難しいことです。
他の分野と違い、データ作りや検証をするための「実験」というものがとてもやりにくいからです。
2010年頃から、深谷先生とベネッセの辞典担当は、教育方法や授業研究の学会で、「辞書引き学習」を紹介してきました、そこでの教育学者からの質問の多くは、「辞書引き学習の成果を、子どもの学力のデータで確認できないものか」というものでした。

「数千カ所調べたと思われる、付せんで膨らんだ辞書を見れば、「ことばの力」が相当ついていて、学力が上がっているであろうことは容易に想像できるが、できればその成果を定量的に見たい」ということです。
とても難しい課題です。実際の子どもたちに実験的に、「辞書引きするチーム」と「辞書引きしないチーム」に分けてデータをとるなど、まず無理ですので、同一学校内で、辞書引きをしなかった学年と、辞書引きを始めた学年で、経年変化などの比較データがとれる事例がないか、探し始めました。そして、見つけたのが、このグラフの事例です。

これは、2016年10月に開催された、第52回「日本教育方法学会」で、
深谷圭助先生とベネッセの辞典担当が共同研究発表した内容の一部です。

【データの説明】

首都圏の公立小学校で、1年生3クラスのうち、1クラスだけが「辞書引き学習」に取り組んだ事例がありました。
取り組みは2年生終了時まで続けられ、3年生に進級した直後の学力調査で、他のクラスに大きく差をつけていることが確認出来ました。

さらに、国語の学力だけではなく読書量も増えることがわかってきました。グラフの黒いほうが辞書引きを2年生まで経験した3年生、白いほうが辞書引きを経験していない3年生。

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※児童数についての留意点

この小学校は、転入・転出が多い地域にあり、2年生修了までに途中転入してきた児童は、辞書引きありのクラスにいたとしても、辞書引きなしの方に入れて集計しています。

ですので、Aが2クラスなのに、80名を超える児童数となっています。

ご覧のとおり、1年生から「辞書引き学習」に取り組んだ子どもと、そうでない子どもを同じ学校内で比較すると、3年生時10ポイント程度の差が生じていることがわかりました。この正答率の差の要因は、「辞書引き学習」のありなしであることは明らかです。

また読書量の比較では、辞書引きのクラスが圧倒的に多くなっています。
「辞書引き学習」よって「読書力」(読解力)が向上していることと関係が深いと言えるでしょう。

深谷圭助先生が提唱する「言葉に関する興味が最初のピークとなる、小学1年生から辞書を活用させ、
言葉の力を伸ばしていく」をそのまま実践した、大きな成果と言えます。

  1. 「辞書引き学習」は、子どもの学習意欲を育てるのか

辞書引き学習の効果は、「言葉の力が伸びる」ということのほかに、もうひとつ「自ら学ぶ力がつく」ということがあります。これは、付せんを大量に使用することと関係が深いです。付せんを貼り、その枚数が増えていくことに対して、子どもは大きな満足感を得ることができます。そして、付せんでいっぱいの辞書を見た周りの大人たちが、「すごいね」とか「がんばっているね」と、褒めるようになります。「褒めて伸ばす」という考え方がありますが、まさに自然な形で褒められることによって、自信となり、自己肯定感が高まり、学習活動に対する態度が積極的になっていきます。

授業中に、発言をほとんどしなかった子どもが、「辞書引き学習」がきっかけで、積極的に手を上げるようになったなど、学習に対する取り組みが変わったという事例が報告されています。

素晴らしいことだと思います。

ベネッセコーポレーション

初等中等教育事業本部 

辞典担当課長 木幡延彦